失業中 TP兄

Posted by VietnamSpirit on 16.2015 0 comments 0 trackback
2015年1月19日。

朝起きると、TP(20歳)の兄(30歳)がいた。

ベトナムから出てきて、早朝5時くらいに着いたらしい。
二人とも寝ずに、テーブルで団欒していた。

TPの方が細身だけど、パッと見、目とか顔のパーツが似てるので、TPが二人いるように見えた。

1月、ベトナムの中北部ハティンでは、まだ寒くて、畑仕事もないため、当てはないけど、“取り敢えず”バンコクに来て、仕事探すとは聞いていた。

ハティンでは、普通に(高い教養やスキル無く)育った若者の仕事としては、畑作や土木など、広い意味での3K職くらいしか無いらしい。

なかには、ホーチミンで漁業関係や、ハノイのレストランなど、または周辺国に出稼ぎにでる若者も多い。

とはいえ、バンコクも、“取り敢えず”出てきた人間に、選り取り緑の職があるわけではない。

場合によっては、1、2か月無職のまま、ベトナムに戻る可能性もあるのでは、と憂慮していた。

バンコクに来てからの2、3日間は、彼らお決まりの行動パターンで、近場の同郷人たちに会いに行っていた。

その後2週間ほどは、食事で外に出る以外は、部屋で終日ゴロゴロ。
金も尽きているようで、弟のTPが養っていた。

TPに、
『兄さんそろそろ仕事しないの?』
TPが養ってるんでしょ?大変でしょ?』
『仕事しないなら、何でタイに来たの?』
と言った。

TPも同じく、やや困っていたようだ。

兄、本人にも尋くと、毎月のビザ更新代(約3000バーツ)と生活費で、月1万バーツ以上必要(希望)で、職種や場所についても好き嫌いがある。

2月13日。
夜風の涼しい中、同じコンドミニアムに住むタイ人に付き合って、コンドミニアムの玄関先でビールを開けていると、TPが帰ってきた。

呼び止めて、ビールを渡す。
TP兄の仕事ネタがないか、タイ人に尋いたが、難しい、と…。

ただ、TP曰く、近場のホテル兼マッサージで働くことに決まったらしい。
ただ、いつから行くかは分からない、と…。

月給5500バーツ
食事代として日に30バーツ。
最低6000バーツ以上はあるとのこと。

ただ、そのホテル兼マッサージというのは、有名なゲイ向けで、マッサージはゲイ向け性感マッサージだ。
出稼ぎでゲイ向けの店で働く人間も多いが、TP兄はゲイ向けの店は絶対イヤだと言っていた。

『そのホテル兼マッサージは、ゲイ向けだけど、知ってる?』
と訊いたが、案の定、知らなかった。
当の兄も、よく理解できてないみたいだ…。

15日にビザ更新でカンボジアに行くため、14日時点では、まだ仕事にも出ず、部屋で寝て過ごしている。

ビザから帰って来ても、実際には仕事に出ないか、行ってもゲイ向けだとようやく認識し、無職に戻るのでは、と憂慮している。

もっと他にまともな仕事を紹介しているのに、この現状は、厳しい…。


2月17日。
One Day Visa Runから15日夕方に帰って以来、17日時点で、やはりまだ仕事には出ず、終日寝ている。。。。


2月18日。
Visa Runに行った15日の前あたりから、弟のTPが、夜帰宅しなくなっている。
時たま、イライラしていることがあったり、不安定な様子。

今回のVisa Run代が二人で5000バーツ程。
自分と兄さんの毎日の食費だけで、300バーツくらい、月に9000バーツくらいは掛ってる。
1月の稼ぎは少なくて、7000バーツ程だったらしく、貯金を切り崩している状況。
この厳しい状況を兄は知っていながら、毎日脳天気に寝て、携帯でネットして、適当に弟からもらった金で食べに出ては、戻ってきて部屋でゴロゴロ。
こんな兄貴の様子に、イラだっているんだと思う。

2月19日夜、仕事から帰宅すると、やはり兄貴はゴロゴロしていたので、言った。

『ベトナムから来て1か月以上が経った。仕事しないなら帰れ!』
本当は、こう言いたかったが、表現を変えた。

私 『仕事はあったの?』
兄 『まだない。』
私 『雇ってくれるところ幾つか候補あったでしょ?どうしたの?』
兄 『好きじゃない。』
私 『何もしなければ、収入ゼロ。弟の稼ぎが今厳しいの知ってるでしょ?』
兄 『知ってる。』
私 『タイに居るとVisa Run代掛るけど、サイゴンとかは給料幾らくらいの仕事があるの?』
兄 『サイゴンは、7000バーツ、9000バーツくらいの給料だけで、食費とかの生活費が高い。
   バンコクなら、高い給料のところがあるからタイの方がいい。』
私 『バンコクで雇ってくれるって言ってたところも4000バーツから10000バーツの間でしょ?
   物価も、タイのバンコクだって(サイゴンと比べて)安いわけじゃないし、ビザ更新代も掛かる。
   バンコクの高い給料で働けるところって、どこ?』
兄 『どこ、って具体的には知らない。どっかある?』
私 『どっかあるっていうか、バンコクの方が高い給料の仕事があるって言ってたじゃん。
   どこか当たりがあんの?』
兄 『分からないけど、バンコクの方が給料高いよ。
   バンコクなら、レストランで10000バーツとかも多くあるし。』
私 『何で、そこで働かないの?』
兄 『募集はあって、仕事はあるけど、外国人の接客が必要で、英語対応ができないとダメ。英語対応はできないから。』
私 『(じゃ、それはあなたにとっての仕事はないってことでしょ?)
   (似たような遣り取りを何度か繰り返す。)』
私 『結局、Visa Run代とか考えたら、サイゴンの方がいいんじゃない?』
兄 『サイゴンも物価高いし、弟が一緒に居たいって言ってるから。』
私 『。。。
   あなたの自由で、何でもいいけど、この部屋も光熱費も、あなたの毎日の食費もタダじゃない。
   他の同居のベトナムたちも、部屋代と光熱費を約束した通り頑張って払ってるから、あなたたちだけ優遇するのはフェアじゃない。
   あなたもちゃんと自分で払いなよ。』
兄 『よく分かってる。』
私 『好きじゃなくても、前に雇ってくれるって言ってたとこで、取りあえず働きながら、他の仕事を探した方がいいんじゃない?』
兄 『取り敢えず、明日、また探しに行く。』

翌2月20日朝、弟のTPに、昨夜のことを伝えると返信が来た。

TP 『Thank you.... Now too hard for work』

代わりに兄に話してくれて助かる。今お金厳しいから、という趣旨の返信が来た。

20日、兄は、夕方まで部屋でダラダラして、19時ごろ職探しに出かけた。

結局、10000バーツでレストランの募集があったようだが、オーナーが居らず話しが進まないまま、帰宅してきた。

2月21日、再度、レストランに出かけて行ったが、同様に、英語対応できないことが理由でダメだったとのこと。
『(だったら、帰宅せずに、次探しに行けよ!その前に、朝から出て探しに行け!)』と言いたかったが、言う気が失せたので止めた。

リミット決めて、ベトナムに変える判断をさせた方が良い、という話しを、改めてTPにしよう。


2月22日。
TPに話した。
『TP兄は、1ヶ月経っても仕事が無い。あっても選り好みして行かない。
2ヶ月経つ前に仕事が無ければ、ベトナム帰った方がいい。
でないと、日々の生活費とビザ代、負担しきれないでしょ?』と。

その通り、と頷いてた。

2月23日。
TP兄の仕事が決まったらしい。
月1万バーツで、レストラン。

2月25日。
朝7時過ぎに、TP兄が仕事に出かけた。
帰宅は18時過ぎ。

3月5日木曜日。
TP兄は、今週、ほとんど家にいる。

仕事はどうか、と訊くと、
『外人を雇うと、警察への賄賂が高いから』
ということで、3日目の勤務途中で雇い止めになったとのこと。
給料は3日分で500バーツだけ貰ったという。

『なら何故、仕事を探しに行かないのか』
と、以前と同様の会話。

2日前、弟TPが、兄の分と合わせて3000バーツ、家賃くれたことも話した。

以前と同様の進展ない不毛な会話を何度か繰り返し、

『何でもいいけど、まずは雇ってくれるところが幾つかあるんだから、働きながら、納得できる仕事探した方がいい。
弟TPに2ヶ月近くも養ってもらって、まだ家でダラダラしてるのは良くない。
3月17日でビザ更新なら、それまでに仕事が無ければ、ベトナムに帰った方が良い。』
と、何度かハッキリ言った。

『弟TPは優しくて、兄にあまり言わないんだろうから、私が代わりに言ってるんだよ。
弟も毎日頑張って仕事行って、コツコツ稼ごうとしてるの知ってるでしょ?
でも彼の稼ぎで二人分を養い続けることはできないことも分かるでしょ?』

実質的なタカリ屋は、リミット決めて、改心しなければ、バッサリ切った方がいい。

「持てる者」が「持たざる者」を養うべきだ、という発想が、タイと同様、タイのベトナムたちにも根強く観られる。

ただ、「本音と建前」のベトナム人と言われるだけあって、個別に話を訊くと、実は不満に感じている場合が多い。
TPについても例外ではない。

自分が怠けた分の負担を、僅かに「持てる者」にタカって一時凌ぎするコミュニティーは、遅かれ早かれ破綻する可能性がある。
甘えたタカりの根は、適宜、摘み取る。

一週間後、状況が変わらなければ、ベトナム帰国を改めて迫ろう。


3月16日、深夜2時。

TP、 TP兄、そしてNew Faceの3人がウチで時間待ちして、Visa Runに出掛けた。

案の定、 TP兄は、ろくに職探しにも行かないまま、弟TPにVisa Run代を全て頼って出て行った。

同日16日、2人は早くも夕方に帰宅していた。
TP兄は、既にいつも定位値(ソファー)ですっかり夢の中。

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