Bai hai あなたは留学生ですか?

Posted by VietnamSpirit on 13.2016 0 comments 0 trackback
lưu học sinh(留学生)
sinh viên(生員):学生
nhân viên(人員):職員
văn phòng(文房):事務
nhà(家)
thư viện(書院):図書館
Category : Express(New)

CaCaとBonn、受け入れ

Posted by VietnamSpirit on 13.2016 0 comments 0 trackback
2016年3月7日深夜。

CaCaとBonnを新しく受け入れる。


既にいた居候のVNHは、二人のことをよく知らないらしく、しきりにネガティブな反応。
ベトナムからの戻って、ハンコクにはいるらしいけど、まだウチには戻ってない。


3月8日朝。
VNHから電話あったので、直接CaCaと話してもらった。(たぶん普通の自己紹介的会話のみ)

その後、VNHから、
"信頼できる人間かどうか分からない"
"あの2人は好きじゃない"
"1週間以内に別の部屋探してもらうように言う"
だなんだとあったけど、要は、お互い面識ないからというだけ。

"一人はタイに来て間もないから、協力してあげてね"と諭し、

結局、
"部屋は綺麗にすること"
"悪い人間を部屋に連れ込まない"
"いい子にすること"
などを、VNHが指導する、と言って前向きな気持ちに変わったようだ。

VNHと2人は、違うカラーなので、上手く行けば、お互いいい刺激。
とりあえず、様子見よう。


3月12日。
VNHから電話とLINE電話が立て続けに掛かってくるけど、フットマッサージ中だったので、即"切"。
すると"何で電話取れないのか"と、落胆スタンプ。


3月13日朝。
翌朝、家来の双子たちに荷物持たせて(=独りで部屋に入るのが嫌だから!?)、
いきなり帰ってきた。

ガキ大将のように、新人2人にあれこれ言いながら、いきなり掃除の仕方を見せつけて、ご飯食べに出ていった。。。
すっかり先輩気取り。

昨夜の電話は、"今朝帰る"という内容だったみたい。
ご飯食べに出て行ったVNHからLINEで、
"部屋やっぱり汚い"などと、昨夜の落胆スタンプから一転、すっかり先輩気取り。


すっかり目が覚めたので、そのままBonnを連れて、寝床のマットを買いに出た。

まずは、近くの日本食屋に連れて行った。
2人で400バーツほど。
屋台なら一人50バーツで十分なので、高くつくが、稀にご馳走するくらいはいいと思っていた。
会計にすると、Bonnが"自分が払う"と言って払ってしまった。
会計時のやりとりに、店員は、
"日本的なやりとり"
"年上を大切にする良い子だね"
のような眼差しでこちらをみていた。

寝床のマットも自分で選んで、自分で買った。
VNHの時は、1000バーツほどのを買ってあげたが、CaCaとBonnは自分で買うということだった。
100バーツだけ援助してあげるというと、やはり素直に受け入れた。
マットを買った大型スーパーTesco Lotusでは、お客様への店内自動案内に、しきりに反応して、"カップ(はい)"などと楽しんでいた。
ここまでの天然は初めてだけど、ベトナムの田舎から出て来たての他の子も、始めは良くも悪くも、こんな感じでピュアな子が多かった。
数ヵ月も経つと、バンコクの喧騒に揉まれて、逞しくコ生意気になる。
今後、どうなるのか。


その後、数日して。

VNHとCaCa、Bonnの化学反応は、"やはり"、という展開か。

"水は濁り易い"ということだろう。
当初、真面目な2人は、VNHのフラフラした生活に影響されてか、本来の正体を現したのか、ゆる~い生活態度に変化した(ようにみえる)。

物語 ヴェトナムの歴史―一億人国家のダイナミズム

Posted by VietnamSpirit on 26.2016 0 comments 0 trackback



メモ・補足


第3章 南進の時代・国際社会との出会い

チャムの宗教建築美術

★トゥアンハイ省(Thuận Hải)(155ページ)
1991年12月26日、分割。
→Ninh Thuận(省都Phan Rang(East)–Tháp Chàm(West);別称Panduranga)
→Bình Thuận(省都Phan Thiết)

チャンパ遺跡分布の南方際限が、トゥアンハイ省と解説されているが、本書が出版された1997年時点では、廃止分割されているトゥアンハイ省が、補足もなく使われているのは分かり辛く、ベトナムの行政区画の歴史に詳しくないと、現在の地図を見ても分からない。

★ジャヤヴァルマン七世(160ページ)
在位1181~1201とあるが、1181~1219年前後が適当と思われる。
史料によってさまざまだが、1218、19、20年というのが適当だと思う。
本書161ページでは、「(シャム人は)ジャヤヴァルマン七世がチャンパを攻略したときには兵士として使われ、1216年、1218年にヴェトナムに侵攻したときには『チャム人とシャム人が戦わされた』と記されている。」としている。
このことからも、1201年というのは誤記と思われる。
Category : 歴史

言い伝えられる四人の文化的変革者

Posted by VietnamSpirit on 30.2016 0 comments 0 trackback
ベトナムで、社会に大きな変革を与えたと言い伝えられる四人の支配者。
※実際の史実としては、誇張されたもので、必ずしも適切とは言えないことが指摘されている。

●錫光(Thiếc Quang;チ・クアン):儒教を導入
●壬廷(Nhăm Đinh;ナン・ジェン):農耕の方法、婚姻の儀式を導入
●士燮(Sĩ Nhiếp;シ・ヒエップ;137-226):漢字を導入
●杜慧度(Đỗ Tuệ Độ/Đỗ Huệ Độ;ド・チェエ・ド;374-423):学校を導入
Category : 歴史

詩:リ・トン・キエト(1076年)

Posted by VietnamSpirit on 17.2016 0 comments 0 trackback
1076年、勇将リ・トン・キエトが詠んだこの詩は、中国・宗軍が国境まで攻め入ってきた際、ベトナム軍を鼓舞し、ついには宗軍を撃退。

リ・トン・キエト(1019-1105)
(越)Lý Thường Kiệt
(漢)Lǐ Cháng Jíe;李常傑

★漢文
南国山河南帝居
截然定分在天書
如何逆虜来侵犯
汝等行看取敗虚


★漢文ベトナム語音読
Nam quốc sơn hà Nam đế cư
Tiệt nhiên định phận tại thiên thư
Như hà nghịch lỗ lai xâm phạm
Nhữ đẳng hành khan thủ bại hư.


★現代ベトナム語意訳
Sông núi nước Nam, vua Nam ở
Rành rành định phận tại sách trời.
Cớ sao lũ giặc sang xâm phạm,
Chúng bây sẽ bị đánh tơi bời!


★日本語意訳
この南の国(ベトナム)の山河は南の帝王が支配するところ。
はっきりと定め分かつと天書にも書かれている。
どうして蛮人(宗軍)がこの地を犯すことができようか。
おまえたちが敗北の憂き目にあうことは必定である。
(『物語ベトナムの歴史』小倉貞男 著)



このLý Thường Kiệtの詩は、ベトナムでは語り継がれる有名な詩とのことで、日本語のベトナム史の本でもよく紹介されている。

早速、ウチでゴロッとしてたVNH(Hà Tỉnh出身、21歳)に、漢文ベトナム語音読の文を見せると、

「知ってる。学校で習った。」

と、すぐに返答してきた。

漢文とベトナム語では、語順が違う。
ベトナム語は、原則、後置修飾なのに対して、漢文は、前置修飾が多い。

日本人が、漢文を古文として訓読して理解するのと同じような教養が必要だろう。

知ってて、意味も分かる、というくらいだから、ベトナムの学校では、しっかり語り継がれているんだろう。

★参考
『ベトナムの歴史: 中華世界から東南アジア世界へ』15ページ(旧版)


『ベトナムの歴史: 中華世界から東南アジア世界へ』(増補新装版)


『物語 ヴェトナムの歴史―一億人国家のダイナミズム』
Category : 文学、詩
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